兵庫県内の家畜市場で子牛の競りが始まる前、子牛たちは一様に不安げな様子をみせています。
見たこともない大勢の視線におびえて泣き声を上げる子牛や、立ちすくんだまま大人が三人がかりで押してもびくともしない子牛もいます。繁殖農家の多くは、そんな場面を何度も目にして、愛情込めて育てた子牛と分かれてきました。
「嫁に出すような気持ちで、牛を育てている」と語る繁殖農家もいらっしゃいます。そのために、家畜賞に手渡すまでは汚したりケガをさせたりは絶対にしない、そのことで頭がいっぱいになるといいます。
そう考えていないと、牛の目をのぞくたびに、体の奥から冷たいものがこみ上げてくるような気持ちになるそうです。
また一方で、「競りは一年のもっとも楽しみな時期だと、わくわくする」と応える繁殖農家もいます。
子牛の競りは、ときに予想外の高値がつくこともあるからだそうです。
なんにせよ、ここまで来たらあとは子牛たちに良い値がつくことを祈るだけ、とまた別の繁殖農家は語ります。
競りが始まると、価格の表示されるモニターに子牛の育て主たちの目は釘付けになる。
価格の決まった瞬間には、ほっと胸をなでおろす人も少なくはありません。競りの間は、ずっと息の詰まる緊張が続くようです。
愛情を込め、手間ひまかけて育て上げた子牛との別れ。競りの価格への期待と不安など、そんな思いの深さとは裏腹に売買契約は淡々と、地元の農協に代行されて進んでいきます。
商品とはいえ、家族同様に時間を惜しまずに世話をしてきた子牛たちと、別れるときの繁殖農家の心情は、実際にその仕事をしている人にしかわからないでしょう。